南信ヤクルト販売株式会社
  • トップページ
  • お申し込みとお届けについて
  • お問い合せ窓口

南信ヤクルト販売について

  • 企業理念
  • 代表あいさつ
  • 会社概要
  • 各部門の紹介

スタッフの仕事について

  • ヤクルトレディ募集中
  • ヤクルトレディの一日
  • ヤクルトレディ研修制度
  • サービスセンターのご案内

ヤクルト関連情報

企業理念

『美と健康そして幸せ創造企業』
私たちは、全ての人に美と健康を提供し、健康で幸せな社会づくりに奉仕します。

いまに伝えたい、あなたに届けたい。ヤクルトの父 代田 稔 博士の、人々の健康を願う、優しさと思いやり。

世界33の国と地域で愛飲されているヤクルト。その原点は、代田稔というひとりの医学博士の、人々の健康を願う優しさと思いやりです。

大正10年。代田が大学で医学の道を歩みはじめた当時の日本は、まだ豊かとはいえず、栄養状態の悪さから感染症で命を落とす幼い子供がたくさんいました。そんな現実に心を痛めた代田は、「予防医学」を志し微生物研究をスタート。

昭和5年、おなかのなかの悪い菌を減らし、人に有益な働きをする乳酸菌 シロタ株を発見。その強化培養に成功し、腸を丈夫にすることが健康で長生きにつながるという「健腸長寿」の考え方がここから普及・浸透していったのです。

乳酸菌シロタ株画像   これがおなじみの「乳酸菌 シロタ株」です。

昭和10年、乳製品乳酸菌飲料「ヤクルト」は、「誰もが手に入れられる価格で」という博士の考えに基づき販売を開始。愛飲者は瞬く間に日本全国へ、やがて海外へとひろがっていきました。

私たちはこれからも、代田博士の人々の健康を想うあたたかな気持ち、生命科学への飽くなき探究心をいまに伝え、健康で楽しい毎日を、あなたとご家族の皆さまにお届けしていきます。

代田博士画像

 

<代田 稔(しろた みのる) 博士のプロフィール>

1899年(明治32年) 長野県飯田市に生まれる
1921年(大正10年) 京都帝国大学に入学
1930年(昭和5年) 乳酸菌 シロタ株の強化培養に成功
1935年(昭和10年) 代田保護菌研究所のもとにヤクルトの製造・販売を開始
1955年(昭和30年) (株)ヤクルト本社会長に就任
1962年(昭和37年) 東京都発明功労賞、科学技術庁長官賞ほか受賞
1982年(昭和57年) 82年の天寿を全うし、生涯を閉じる。
正五位、勲三等瑞宝章を賜る

■代田博士生誕の地  飯田市概要

長野県伊那谷の最南端に位置する飯田市は人口10万人の地方都市です。
東西に川と山に囲まれた飯田市はその豊富な自然が守られつづけ、水引工芸や飯田つむぎなどの伝統文化や歴が現在に至っても市民に根付いています。
特に昔から人形浄瑠璃や伝統芸能が盛んであったことから毎年日本最大級の人形劇祭典、「いいだ人形劇フェスタ」が開催されプロ・アマを問わず多くの参加者で賑い観光客を魅了しています。

【飯田市の地勢】
本市は、長野県の最南端伊那谷の中央にあり、西北部は木曽山脈により木曽郡に境し、東北部は上伊那郡飯島町および下伊那郡松川町ほか2町村に接し、南西部は阿智村ほか5ヶ村に隣接する。地理的に飯田盆地と南部高原の一部に大別され、市の中央部を北から南へ天竜川が流れている。
飯田盆地は古くから商工業の中心地として栄え、総人口の約20%がここに密集している。
天竜川畔は主として水田、段丘地帯は畑地で、果樹園が散在し、周囲および南部高原地帯は急斜面で水利のよい場所には水田があるが主として山林で中には標高2,000mを超える山々があり大自然の中に美林が繁茂している。

飯田市公式ホームページはこちら

このページのトップへ